ペットたちに振り回されるほど、幸せをかんじますぅ*^^*
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かぼちゃが大きすぎて、、、
2009年09月16日 (水) | 編集 |

<もものしろケツまるみえよん>

でっかいかぼちゃができました。
ひとりでは動かすこともできないくらい、、、

ももちゃんと並んで写真を撮ろうとしたんだけど
お写真大嫌いなももはじっとせずうろうろ。
これが限界でした。^^;




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寝るんじゃないよ~
2009年09月15日 (火) | 編集 |

<お昼寝中に起こされてちょっと不機嫌?小夏さん>

ここ数日、夜になると活動的になる小夏さん。
1、2時間おきに耳元でにゃ~にゃ~、起きなきゃカミカミ攻撃で起される私。
「ご飯?お水?お外に出たいの?」
その度に相手をするはめになるので寝不足なのです。
私も、小夏も。

小夏さんはいいよ~。
昼間はず~~~~っと寝てればいいんだからね。

今日は、わたしも昼間家にいられるので
小夏を寝かせない作戦です。
そしたら、今夜は小夏もおとなしく寝てくれるかもしれないしね、、、

でも~、わたしも今日はお昼ねしよっと。



昼寝中。
2008年10月07日 (火) | 編集 |

小夏さん昼ね中

ふかふかの毛布を横取りして、、、いいわね~。

サブレがいなくなってから小夏は一日のほとんどを私の部屋ですごしています。
本当は父のベッドが一番のお気に入りなのですが
父のベッドの下に、ツバメの死骸やら吐いたものやらがあってからは
父は小夏を部屋に入れようとしないのです。

そのうえ、、、
早朝には妹夫婦の寝室に乱入してにゃ~にゃ~攻撃をするものだから
それ以来夜も私の部屋に閉じ込められることになってしまったのです。

数日は私も眠れないくらい「だせ~あけろ~」と小夏になかれて大変だったけれど
今はだいぶ落ち着いたのか、、、それとも寒くなってきたせいなのかおとなしくなってきて
わたしもゆっくり眠れるようにはなってきましたよ。

それにしても、、、お昼寝するから夜ウロウロしたくなるんじゃないの?小夏ぅ。
ネコは夜行性なんだぁ!って言い返されそうだけど
昼間そんだけ寝なくてもねぇ。うらやましいわ。
サブレは天国に旅立ちました
2008年09月19日 (金) | 編集 |

サブレにお別れをするもも


今日午後1時半ごろ
私と妹が見守る中、サブレは旅立ちました。
私たちがそばに来るのを待っていたかのようでした。
とても我慢強いこだったので
息も絶え絶えになったときには「もう我慢しなくていいよ、大丈夫だよ」と
何度も声をかけながら体をそっとなでてあげて、、、

甥っ子たちが学校から帰ってくるのを待って埋葬することに。
「王様のベッド」の赤いフリースを箱に敷いてサブレをねかせ
子供たちと庭の花を集めて飾りました。

ももも最後にお別れのご挨拶。
ももが小さいときはサブレが子守をしたんだからね。
でも大きくなってからは仲が悪くて近づきもしなかったけれど
死んでしまったのがわかるのか、
横たわっているサブレの様子を近づいて見てました。

我が家ではペットの埋葬場があります。
代々そこに埋葬しているのです。
そこから少し外れた場所にじぃじと甥っ子がスコップで穴を掘りました。
梨と柚子の木のそばです。
「天国で長生きしてね。」
「サブレ元気でね。」
甥っ子たちがそういって手をあわせていました。


5ヶ月間の看病も今日で終わりました。
(まだ小夏もいるけどね、、、)
夕方からは妙な脱力感があって気分がすぐれません。
以前飼い猫を亡くした時もこんなだったか思い出せない。
あの時は突然だったから心の準備が出来てなかったけれど
今回は心の準備は十分出来ていたと思う。
素直に死を受け入れることができると思うのだけれど、、、
もうだめぽ・・・
2008年09月17日 (水) | 編集 |
20080917.jpg
大好きな妹に撫でてもらってます、、、

まったく食べなくなって何日たったかなぁ。
触ってみると体温が低い。
自力ではほとんど移動しなくなって
押入れの床でじっとしてたのを妹が連れ出してあげた。
撫でてあげても、もう喉をゴロゴロならすこともしないし
ただただじっと死を待っている感じがする。
「ひぃじいちゃんが死ぬ前もこんな匂いだったね、、、死が近い匂いなのかも」
妹のそのことばでわたしも思い出した。
確かにそうだった、、、

今日は珍しく、もう一匹のネコの小夏もサブレのいる近くでじっとしているのです。
見送ってあげるつもりなのかもしれません。

サブレが死んでしまうことにはそれほど寂しさはないのです。
歴代のペットたちを見送るたびに泣いてばかりいたのですが、、、
きっと死というもののとらえ方が違ってきたのかもしれません。

でも、思わず涙がこみあげることもあります。
母が言った「もう十分だよ。」ということばを思い出したときです。
それから「ねねがあの世に逝くときにはサブレや今までの子たちが絶対迎えにくるね」と言われたら、あぁそうかもしれない。また会えるね。
そんな風に自然に思えるようになりました。




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